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2009年 06月 08日

東京散歩~早稲田大学・大隈庭園~

今日は仕事帰りに睡蓮の写真を撮ったのだが、どうもいつも同じ被写体で且つ同じ撮り方なので自分で飽きてしまう。情けない話である。

よって、先日の早稲田方面の東京散歩の続きをご紹介したい。

「甘泉園」-「水稲荷神社」と回ってから、すぐそばの早稲田大学の「大隈庭園」を訪れた。
ここは、開園時間が短いのと土日と水曜日が休みなのとでなかなか見る機会がなかったところである。
この日は念願叶ってようやく観ることができた。

まずは、ここ「大隈庭園」の簡単なご紹介を早稲田大学のHPから盗用しよう。(笑)
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麗しい春。大学の中でも季節を感じさせてくれる場所がある。とりわけ木々や草花の美しい大隈庭園は、"キャンパスのオアシス"といったところ。大隈庭園には高木、中木が728本、低木・生垣が325本(1992年の樹木調査)ある。

 おもな花木の見頃は、ウメ:2月下旬~3月上旬、ユキヤナギ:3月末、ハクレン:3月下旬~4月上旬、フジ:4月下旬~5月上旬、サクラ:4月中旬、ツツジ:4月中旬、サツキ:5月中旬、ショウブ:6月中旬、サルスベリ:7月上旬~9月下旬、モミジ:11月上旬、ナツミカン:11月中旬、ナンテンギリ:11月中旬~2月上旬
 入ってすぐ右に魔よけの獅子が2頭並んでいる。これは創立百周年を記念して台湾同学会より寄贈されたもの。

 そのまま進み、池を渡って左に進むと小高い丘になっている。そこの木々の緑の鬱蒼としたところにひっそりと佇んでいるのは、キャンパスで唯一の女性像、創立者・大隈重信の夫人である「大隈綾子婦人像」。1927(昭和2)年、10月に除幕。朝倉文夫の作によるもの。もともとはキャンパス内に設置する予定だったが、この像が作られた大正時代にはその考えは受け入れられず、早稲田騒動の原因の一つとなった。この模様は、尾崎士郎の『人生劇場』にも出てくる。

 大隈重信が早稲田に別邸を構えたのは、1874(明治7)年だが、ここはもともと彦根藩・井伊家や高松藩・松平家の下屋敷で、その庭園は江戸の面影を残す和様四条家風だった。大隈はそれを好まず、好みにより自然を活かした文人風(明治期の京都風の庭)に変えた。当時の庭園の多くは和様四条家風で、東京で京都風の庭園は大隈が初めてだと言われている。大隈の生前には、この庭園に大きな温室を作り、日本で最初にメロンを栽培し、品評会を開催した。

 1945(昭和20)年5月、空襲で庭園は廃墟と化したが、多くの人々の努力により、ほぼ昔通りの景観通りに復元され、今日に至っている。

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SONY α700 / DT 16-105mm F3.5-5.6
入り口
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入ってすぐ横にある「孔子像」。孔子はこんな顔だったのかとなにか意外に感じた。(笑)
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睡蓮の池もある。
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大隈重信夫人・綾子像(大隈重信像と同じく、朝倉文夫の作)
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庭園は学生の憩いの場だ。
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by iga1008 | 2009-06-08 22:23 | 建物・街並み


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