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2013年 06月 20日

「語り」というアート -2

SONY α65 / Vario-Sonner T*DT16-80mm F3.5-4.5 ZA
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前回「語りのアート」などと大上段に振りかざしてしまったテーマに少し後悔している。
「語り」というジャンルに言及するならば、それこそ「民承説話」まで遡らなくてはならなくなってしまい、このブログとは大幅に道をそれてしまいいそうな気がしてしまったのである。

話を簡単にしようと思う。

前回、興奮気味に「街道をゆく」の語り(田村高廣による司馬遼太郎の紀行文の朗読)を引用させていただいたわけであるが、久し振りに心に響く日本語に出逢ったような心持をしたことがこのテーマを取り上げた要因である。

他の方の印象はあまり気にならなかった。とにかく、私が陶酔してしまったのだ。(笑)
この「語り」と画像だけで他になにも要らなかった。
好きな音楽を聴いていると、繰り返し何度でも聴きたくなることと同じである。
まさに、「アート」だと確信した。

もちろん司馬遼太郎の原文のためでもあることは疑うべくもないのだが、他のアナウンサーや声優によるものではこのような興奮は味わえなかったと思う。
重すぎず、また軽すぎず独特の言い回しで、これが真の日本語なのだと思わせてくれる。

同じ印象を以前に持ったことがある。
NHKで1990年に放映された、「荒木又右エ門・決戦鍵屋の辻」(長谷川伸原作)の語りである。
中村吉右衛門による重厚な語り口に興奮してしまい、録画しなかったことをかなり後まで後悔したものだった。

それらを含めて、あの「語り」をもう一度聴きたいと思っても、なかなかままならない。
あくまでも映像の添え物としての立場がそこにあるからであろう。

まことに残念である。

と、以上は私の独り言である。

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by iga1008 | 2013-06-20 21:48 | 建物・街並み


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