PHOTO DIARY

iga1008.exblog.jp
ブログトップ
2014年 09月 24日

古寺探訪~奈良篇⑧~「法隆寺」(1)

奈良の古寺といえば、真っ先に思い浮かぶであろう寺が「法隆寺」であろう。
北国の小都市に生まれた私でも、この寺の名前はすぐに覚えた。それほど有名な寺である。

だがしかし、曲がりなりにも拙ブログに採用するとなっていささか混迷に陥っている。
理由は旅から帰ってから読んだ、「隠された十字架~法隆寺論~」(梅原猛・著)が主たる理由であるが、他にも類似の法隆寺説の存在に惑わされ続けているためである。
たとえば、法隆寺の創建年度や再建か非再建かなどについてさえ、日本の代表的な学者たちが激論を交わしつつ確定に至っていないようだ。古代の記録である「日本書紀」「古事記」などにも相違があって判断の材料とはならないとは困ったことである。これ以外にもあるが次回からの記事に書き添えてみたい。

ここは昔に戻って
「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」 の世界にひたることが一番であろう。

SONY α57 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
昔、「鏡池」ほとりにあった茶店跡に建つ歌碑
e0132243_10361253.jpg

その位置から正岡子規が見たであろう法隆寺の光景を撮ってみた
e0132243_20311783.jpg


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「隠された十字架~法隆寺論~」(梅原猛・著)より引用
 先日のことである。私は久しぶりに、私の処女作「仏像-心とかたち」の共著者である、前の大阪博物館館長の望月信成先生におあいした。私は法隆寺についてのある仮説に夢中になっていた。望月先生におあいしたときも、法隆寺のことをたずねた。すると先生はいわれた。
「梅原さん。法隆寺はむつかしいです。五十年研究していてもさっぱり分からない。そして、この法隆寺という寺は、後からいろいろな事実が発見されれば発見されるほど分からなくなる不思議な寺です」
 たしかに望月先生のいわれる通りである。法隆寺にかんする多くの参考書を読むがよい。すべて何だかよく分からない。だいいち、この寺の建造年代についても諸説紛々、収拾するところを知らない。分からないものがいっぱいある。その分からないところがまた法隆寺の魅力でもある。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


※各画像はクリックで拡大、再クリックで元に戻ります。
にほんブログ村 写真ブログへ
[PR]

by iga1008 | 2014-09-24 20:30 | 寺社


<< 古寺探訪~奈良篇⑧~「法隆寺」(2)      古寺探訪~奈良篇⑦~「薬師寺」 >>