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カテゴリ:建物・街並み( 156 )


2014年 07月 20日

四国の旅~香川県・「金丸座」~

「こんぴらさん」で親しまれている、香川県の「金刀比羅宮」を久し振りで訪れた。

遥か昔に修学旅行で訪れて以来であるが、あまりに時代が過ぎていたため懐かしさもなにも感じられず、観るものすべてが新鮮であった。
色々と改修もされていたからであろうが、なんとも物寂しい感がした。

だが、この「金丸座」はほんとうに初めてであり、「金刀比羅宮」もそっちのけで見学に時間を費やしてしまった。

「金丸座」(「旧金毘羅大芝居」)-香川県仲多度郡琴平町-は天保6年(1835)に建てられた、現存する日本最古の芝居小屋である。(国指定重要文化財)

昭和60年から「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が開催されるようになり、いちやく全国的にも有名となった。現在でも春に年一回の定期公演が開催されている。

SONY α550 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
金刀比羅宮参道に平成五年のポスターが貼ってあった。
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正面
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花道から舞台を
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客席から
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こんどは舞台から客席を
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舞台の袖から
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舞台の地下、いわゆる「奈落」である。
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下足札を撮ってみた
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by iga1008 | 2014-07-20 21:46 | 建物・街並み
2014年 07月 16日

四国の旅~高知県・高知城~

「高知城」(別名「鷹城」)は日本で唯一、本丸の建築群がすべて現存する江戸時代の姿を今に伝える城郭である。

山内一豊により慶長6年(1601年)秋から築城をはじめ、慶長16年二代藩主忠義の時代に完成した。
しかし、享保12年(1727年)に焼失、その後さらに20年の歳月を経て再建されたものである。

後年、明治維新の悪令により「本丸」と「追手門」を除くすべての建物が取り壊され公園となっているが、昭和9年(1934年)に国宝指定となり、昭和25年文化財保護法施行により「国指定重要文化財」となった。

現存する「天守閣」は、寛延2年(1749年)のものである。

OLYMPUS STYLUS XZ-2
「追手門」と「天守閣」
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「本丸御殿」-現存する十二城のなかでも本丸御殿を残すのは高知城のみとなる。(国指定重要文化財)
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「武者隠し」-一見「物入れ」の如く見せかけているが、扉の裏は小部屋となっており、警護の武者の潜む間である。
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天守閣への階段が続く
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天守閣中段からの眺め-追手門から本丸に至る石段は馬用に考慮されたもので、人間には結構きつい。
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最上段から
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by iga1008 | 2014-07-16 10:08 | 建物・街並み
2014年 07月 13日

四国の旅~高知県高知市・はりまや橋~

四国の旅で、なんとなく行ってみたかった「はりまや橋」。

「土佐の高知のはりまや橋で~」で始まる、ペギー葉山の歌う「南国土佐を後にして」を田舎で聞いたときから、「なんとなく行ってみたい」ところとなったわけである。

たまたま高知市内のホテルに宿泊したので、中居さんに「はりまや橋」はどのように行くのか聞いたところ、場所を教えてくれながら「観てがっかりですからね!」などと但し書きがついたのには驚いた。

なんでも、観光に来た人たちが口をそろえて言うのだそうで、いやはや観る前から気落ちすること甚だしいことを聞いてしまった。

ともあれ、雨降りの高知市駅前界隈で他に観たいものもなく、傘を差しつつ現地へ・・。

SONY α550 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8+MINOLTA AF50mm F1.4
高知駅前からすぐの交差点に「はりまや橋」の表示が・・。
短いがコンクリート製のどっしりとした橋である。
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写真を撮りながらふと目についた赤い橋。なんとこれが最新の「はりまや橋」のようだ。
もともとの川を暗渠にして、2代目3代目の「はりまや橋」を造成したが、観光目的で訪れる人々の人気が低落してしまい、新たに川の流れと昔風の橋を造らざるを得なくなったとのことのようだ。
4代目の「はりまや橋」
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歌詞にも歌われている僧侶「純信」と「お馬」の像も設置されている。
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時代の変遷とともに、昔の面影がなくなってしまう観光名所は多いだろうが、「日本の3大がっかり名所」などとネットで評されるとは気の毒なことだと思う。

かくいう私の田舎の「札幌時計台」もそのひとつに挙げられているが、周りの建物や交通が変化している以上、「一部だけ古いまま」は不可能と思われる。
以前にも書いたが、町並み自体から保全の対象としてゆく以外にないことであろうが、今となっては大変難しい。

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by iga1008 | 2014-07-13 22:57 | 建物・街並み
2014年 07月 12日

四国の旅~高知県・四万十川で沈下橋を渡る~

「前代未聞の規模」と不安感を煽られた今回の台風も、千葉を過ぎる頃には温帯性低気圧に移行して猛暑の今日この頃となっている。

つい先日四国の旅から戻った身としては、大型台風と聞いてすぐにこの「四万十川と沈下橋」を想い起してしまった。

「四万十川」は流域面積、流量では「吉野川」に引けを取るものの、長さでは196kmと四国では最長の川である。穏やかに蛇行を繰り返しながら流れる川のため(平均河床勾配0.61%)、ダムなどを設けることができず(支流にはある)「日本最後の清流」と呼ばれるようになっている。

この「四万十川」には、相次ぐ台風などでの橋の流失を防ぐため「沈下橋(ちんかばし)」が本流に22本、支流も併せると47本も架けられている。
この橋は鉄筋コンクリート造り、水面から3~4m上に設けられ欄干はなく、激流にも耐えられる形をしている。

もちろん、他の県でも同様の対応はあり「流れ橋」や「潜り橋」「潜水橋」などと呼ばれているものもあるのだが、ここ四万十川の「沈下橋」は、高知県が「生活文化遺産」として後世に残す方針を決定している。

SONY α550 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
「沈下橋」上から四万十川を
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「沈下橋」-車も通る。たまに落ちることもあるようだ。
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※時間の都合で、橋の全体像を写すことができなかった。ネットで検索していただければ多数みつかるはずなのでご興味のあるかたはそちらで・・。(汗)

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by iga1008 | 2014-07-12 22:35 | 建物・街並み
2014年 07月 06日

四国の旅~道後温泉②~

愛媛県松山市にある「道後温泉」は、日本書紀にも登場するわが国最古の温泉である。

しかし、この温泉を有名にしたのは夏目漱石であるといっても良いであろう。
「坊ちゃん」に「ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ」と言わしめたここは、漱石が松山中学の英語教師として赴任した翌年、明治27年に現在の姿に改築された。漱石はここに足しげく通った模様である。

現在も地元の人たちはここを「坊ちゃん湯」と呼ぶそうである。
1994年に神の湯本館、又新殿(ゆうしんでん)・霊の湯棟、南棟、玄関棟の4棟が国の重要文化財に指定されている。

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「道後温泉駅」と「坊ちゃん列車」
坊ちゃん列車は現在はディーゼル化されており、日中は運行されているが時間外はこのように駅前に停められて観光客に展示されている。
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「道後温泉本館」
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1階のいわゆる銭湯の部分は「神の湯」という。
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全景 手前側の部分が「又新殿(ゆうしんでん)」=日本で唯一の皇室専用浴場。
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夜の「道後温泉」。
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2階は「神の湯2階」と「霊の湯(たまのゆ)」があり、それぞれの広間が設けられている。3階は「神の湯」と「霊の湯」双方に入浴できる個室となつている。
なお、最上階は「振鷺閣(しんろかく)」という太鼓(刻太鼓)を鳴らす場所。朝6時の開館時および正午、午後6時に鳴らされる。(環境庁の日本の音風景百選に指定)
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末尾に少し気になったことを・・。
昼夜ともに撮影する人々が多い建物であるが、必ず邪魔になる数人が建物入口に陣取っている。
これは「人力車」の車夫の若者たちであり、なんともお邪魔虫以外の何物でもない。もう少し片隅に寄るとかしてもらわないことには、海外の観光客にもひんしゅくをかうことは間違いのないことであろう。

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by iga1008 | 2014-07-06 15:57 | 建物・街並み
2014年 07月 05日

四国の旅~道後温泉①~

四国の旅は前回の「かずら橋」(徳島県)に続いて、愛媛県松山市の「道後温泉」へ。

松山市は、漱石の「坊ちゃん」がメインの宣伝材料となっているようで、ここ「道後温泉」にある「からくり時計」もそのテーマに基づいているようだ。

今回初めて持参したコンデジ、OLYMPUS STYLUS XZ-2 で手持ち動画撮影してみた。
やはり観光客の人気のスポットのようで、三脚は難しかったので、片側からの撮影のみでお見苦しい点はご容赦を・・。

OLYMPUS STYLUS XZ-2



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by iga1008 | 2014-07-05 18:51 | 建物・街並み
2014年 06月 26日

祖谷(いや)のかずら橋~徳島県三好市~

四国・徳島県三好市西祖谷山村善徳162-2にある「かずら橋」。

「国指定重要有形民俗文化財」となるこの吊り橋は、平家の落人が源氏の追撃をかわすために、いつでも切り落とすことができるように「シラクチカズラ」の蔓を編んで架けられたと伝えられている。

長さ45m・幅2m・水面上14m。 昔は深山渓谷地帯の唯一の交通施設であった。現在でも往時の佇まいを保存して、3年毎に架替えが行われる。

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この吊り橋は決して侮ることができない。足下は隙間だらけの踏板のみで、雨天時は滑りやすい。伝って歩くにも両脇の間隔が2mもあり、自然と片側の太い蔓にしがみつくというスタイルになる。まさに秘境体験である。
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by iga1008 | 2014-06-26 22:53 | 建物・街並み
2014年 05月 29日

京都太秦で映画村へ

とにかく古い建物(時代劇)が撮りたくて、京都・太秦にある「東映京都撮影所」を訪れてみた。

大昔に「日活撮影所」を覘いたことがあり、そんな現場感を期待していたことは少々時代錯誤であったようだ。なんともモダンな建物の入り口に「東映太秦映画村」とあり、いわゆるテーマパークであった。

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中へ入るとタレントさんが出迎えてくれる。頼めば場内案内もしてくれる。
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さて時代劇セットのある場内へ。
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入り口近くは飲食店が占めていて、なかなか古い雰囲気が楽しい。
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吉原遊郭のセット
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廻船問屋や宿屋が並ぶ港のセット
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時代劇の雰囲気を楽しませてくれるアトラクションもある
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丁度TV映画「大岡越前」の撮影中。カメラ撮影は禁止。
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代わりに場内案内のタレントさんがポーズをとってくれる。
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時代劇の町並みと建物を数点
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この芝居小屋は無料の出し物があり結構楽しめる
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銭形平次の家
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魚屋の魚はもちろん本物ではない
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そのほか、忍者屋敷などに結構スペースをとっていたが、あいにくすべて有料だったこともあり観ていない。(笑) こちらは海外の親子連れなどで賑わっていたようである。

参考までに案内図を・・・。
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by iga1008 | 2014-05-29 23:09 | 建物・街並み
2014年 05月 12日

京都御所②~Kyoto Imperial Palace~

前回に続いて、「京都御所」を巡る。

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「紫宸殿(ししんでん)」
即位礼などの重要な儀式を執り行う最も格式の高い正殿である。大正天皇・昭和天皇の即位礼もここで行われた。入母屋檜皮葺きの高床式宮殿建築で、南面して建てられている。中央に天皇の御座「高御座(たかみくら)」、その東に皇后の御座「御帳台(みちょうだい)」が置かれており、今上陛下の即位礼には東京の宮殿まで運ばれて使用された。
前面には白砂の南庭が広がり、東側(写真右手)に「左近の桜」、西側に「右近の橘」が植えられている。
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さらに「紫宸殿」の裏へ廻って「清涼殿」へ。
こちらは平安時代には天皇が日常の御生活の場として使用された御殿となる。
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さらに巡って奥へ進むと「御池庭」となる。
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とくに私のお気に入りは「欅橋(けやきばし)」である。
この橋はもともとは総欅造りであったのでこの名前がついたとのことだが、今は欄干のみ欅で、橋脚も花崗岩に取り替えられている。エリザベス女王も来日時にこの橋の上から鯉に餌をやったとのことであるが、当然我々は立ち入り禁止である。
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「御池庭」前に「小御所」と「御学問所」がある。
「小御所」-ここは諸種の儀式が行われ、武家との対面にも用いられた。寝殿造りと書院造の両要素が混合した様式の建物。
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「御学問所」に展示されていた、杉戸絵「鶴」。
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「欅橋」と同様、執着して撮影したのがこの襖絵。
あいにく由縁などを記録することを失念してしまい、撮影箇所も不明となった。
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今回の参観出口となる「清所門」とその付近の桜。
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「清所門」は外から撮影。
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by iga1008 | 2014-05-12 20:59 | 建物・街並み
2014年 05月 10日

京都御所①~Kyoto Imperial Palace~

「京都御所」はいつでも観ることができるわけではない。

宮内庁への事前申し込みにより、最大60分の拝観コースが用意されているが、あくまでも団体行動となり前後に監視員が付帯する。
これは以前に「桂離宮」や「仙洞御所」でも経験していることだが、カメラ撮影などには大変不都合である。

今回、たまたま「春の一般公開」(今年は4/9~4/13)に出会えたので、自由気ままに撮影してきた。
( 少し写真が多いので2回に分けてご紹介とした。)

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「京都御所」
 円暦13年(794)桓武天皇が遷都された平安京の大内裏の中ほどに天皇のお住まいである内裏(皇居)があった。内裏が火災に遭うと、天皇は貴族の私邸など京中の殿邸を仮皇居とされた。これは里内裏(さとだいり)と呼ばれるが平安時代の後期以降、元の内裏は次第に使用されなくなり、里内裏が日常の皇居とされるようになった。
 現在の京都御所は、土御門東洞院殿(つちみかどひがしのとういんどの)といわれた里内裏が発展したものである。光厳天皇が元弘元年(1331)ここに即位されて以後、明治2年(1869)に明治天皇が東京に遷られるまで皇居とされた。その間には焼失と再建が繰り返され、現在の建物のほとんどは、安政2年(1855)に再建されたものである。
 京都御所では、紫宸殿・清涼殿等の平安時代以来の寝殿造りや、御学問所・御常御殿等の後世における書院造りなど、宮廷の長い歴史を反映した様々な建物の様式をみることができるほか、いにしえの天皇の御生活や儀式・政務、源氏物語などの王朝文学の世界を偲ぶことができる。
 築地塀で囲まれた京都御所の面積は約11万㎡ である。 (以上、案内パンフレットより引用)
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京都御所へたどり着いたのは、閉門の1時間前であった。
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「宜秋門(ぎしゅうもん)」が入り口となる。持ち物検査あり。
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入場してすぐ前にある「御車寄(おくるまよせ)」。玄関の生け花が出迎えてくれる。
ここは昇殿を許されたものが参内する時の玄関であるが、当然今回の拝観では入ることができない。
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棟続きの「諸太夫の間(しょだいぶのま)」を左に見つつ進む。
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「新御車寄(しんみくるまよせ)」-大正4年の大正天皇の即位礼に際し建てられたもので、大正以後の天皇皇后両陛下の玄関である。
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今回はここに「馬形障子(うまがたのしょうじ)」が展示されていた。これは平安時代から設えられていた伝統的な「衝立障子(ついたてしょうじ)」とのこと。
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御所の南門である「建礼門」まで来ると、そのすぐ前(左手)に朱塗りの「承明門」がある。
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「承明門」から入るとすぐ「紫宸殿」となるが、入門は禁止なので塀をぐるりと回る。
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塀の東側にある「日華門」から入門して「紫宸殿」へ向かうコースとなる。
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その「日華門」の前に、御所東門である「建春門」がある。
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(続きは次回に)

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by iga1008 | 2014-05-10 20:52 | 建物・街並み