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2014年 07月 29日

四国の旅~徳島県・鳴門海峡を観る~

四国の旅で各県を跳び回ってみたが、最後のご紹介は「鳴門の渦潮」で有名な鳴門海峡。

淡路島と徳島の間を流れる鳴門海峡では、満干潮時に潮流の落差により生じる渦潮が有名である。
だが、観光用に作成された画像の大渦巻はいつでも観られるわけではなく、春と秋の大潮のときに限られるようだ。

大きいものは30メートルにもなるそう­であるが、通常の満干時の渦巻きはその数分の一にもならない。
子供の頃、この渦潮をTVなどで見るたびに「この海峡は怖ろしいところだ」などと思い込まされていただけに、なんとも拍子抜けの感がある。

ともあれ、航海の安全上は「それでよし」であろう。

SONY α550 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
四国・徳島県側から淡路島への連絡路となる「大鳴門橋」を望む
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「大鳴門橋」下部に設けられている遊歩道「渦の道」入り口
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所々に床がガラス張となっている
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わずかにであるが「渦潮」となっている様子がみられる
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こちらのほうが私好みの景色(笑)
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by iga1008 | 2014-07-29 11:36 | 建物・街並み | Trackback | Comments(2)
2014年 07月 20日

四国の旅~香川県・「金丸座」~

「こんぴらさん」で親しまれている、香川県の「金刀比羅宮」を久し振りで訪れた。

遥か昔に修学旅行で訪れて以来であるが、あまりに時代が過ぎていたため懐かしさもなにも感じられず、観るものすべてが新鮮であった。
色々と改修もされていたからであろうが、なんとも物寂しい感がした。

だが、この「金丸座」はほんとうに初めてであり、「金刀比羅宮」もそっちのけで見学に時間を費やしてしまった。

「金丸座」(「旧金毘羅大芝居」)-香川県仲多度郡琴平町-は天保6年(1835)に建てられた、現存する日本最古の芝居小屋である。(国指定重要文化財)

昭和60年から「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が開催されるようになり、いちやく全国的にも有名となった。現在でも春に年一回の定期公演が開催されている。

SONY α550 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
金刀比羅宮参道に平成五年のポスターが貼ってあった。
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正面
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花道から舞台を
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客席から
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こんどは舞台から客席を
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舞台の袖から
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舞台の地下、いわゆる「奈落」である。
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下足札を撮ってみた
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by iga1008 | 2014-07-20 21:46 | 建物・街並み | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 16日

四国の旅~高知県・高知城~

「高知城」(別名「鷹城」)は日本で唯一、本丸の建築群がすべて現存する江戸時代の姿を今に伝える城郭である。

山内一豊により慶長6年(1601年)秋から築城をはじめ、慶長16年二代藩主忠義の時代に完成した。
しかし、享保12年(1727年)に焼失、その後さらに20年の歳月を経て再建されたものである。

後年、明治維新の悪令により「本丸」と「追手門」を除くすべての建物が取り壊され公園となっているが、昭和9年(1934年)に国宝指定となり、昭和25年文化財保護法施行により「国指定重要文化財」となった。

現存する「天守閣」は、寛延2年(1749年)のものである。

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「追手門」と「天守閣」
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「本丸御殿」-現存する十二城のなかでも本丸御殿を残すのは高知城のみとなる。(国指定重要文化財)
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「武者隠し」-一見「物入れ」の如く見せかけているが、扉の裏は小部屋となっており、警護の武者の潜む間である。
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天守閣への階段が続く
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天守閣中段からの眺め-追手門から本丸に至る石段は馬用に考慮されたもので、人間には結構きつい。
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最上段から
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by iga1008 | 2014-07-16 10:08 | 建物・街並み | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 13日

四国の旅~高知県高知市・はりまや橋~

四国の旅で、なんとなく行ってみたかった「はりまや橋」。

「土佐の高知のはりまや橋で~」で始まる、ペギー葉山の歌う「南国土佐を後にして」を田舎で聞いたときから、「なんとなく行ってみたい」ところとなったわけである。

たまたま高知市内のホテルに宿泊したので、中居さんに「はりまや橋」はどのように行くのか聞いたところ、場所を教えてくれながら「観てがっかりですからね!」などと但し書きがついたのには驚いた。

なんでも、観光に来た人たちが口をそろえて言うのだそうで、いやはや観る前から気落ちすること甚だしいことを聞いてしまった。

ともあれ、雨降りの高知市駅前界隈で他に観たいものもなく、傘を差しつつ現地へ・・。

SONY α550 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8+MINOLTA AF50mm F1.4
高知駅前からすぐの交差点に「はりまや橋」の表示が・・。
短いがコンクリート製のどっしりとした橋である。
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写真を撮りながらふと目についた赤い橋。なんとこれが最新の「はりまや橋」のようだ。
もともとの川を暗渠にして、2代目3代目の「はりまや橋」を造成したが、観光目的で訪れる人々の人気が低落してしまい、新たに川の流れと昔風の橋を造らざるを得なくなったとのことのようだ。
4代目の「はりまや橋」
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歌詞にも歌われている僧侶「純信」と「お馬」の像も設置されている。
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時代の変遷とともに、昔の面影がなくなってしまう観光名所は多いだろうが、「日本の3大がっかり名所」などとネットで評されるとは気の毒なことだと思う。

かくいう私の田舎の「札幌時計台」もそのひとつに挙げられているが、周りの建物や交通が変化している以上、「一部だけ古いまま」は不可能と思われる。
以前にも書いたが、町並み自体から保全の対象としてゆく以外にないことであろうが、今となっては大変難しい。

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by iga1008 | 2014-07-13 22:57 | 建物・街並み | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 12日

四国の旅~高知県・四万十川で沈下橋を渡る~

「前代未聞の規模」と不安感を煽られた今回の台風も、千葉を過ぎる頃には温帯性低気圧に移行して猛暑の今日この頃となっている。

つい先日四国の旅から戻った身としては、大型台風と聞いてすぐにこの「四万十川と沈下橋」を想い起してしまった。

「四万十川」は流域面積、流量では「吉野川」に引けを取るものの、長さでは196kmと四国では最長の川である。穏やかに蛇行を繰り返しながら流れる川のため(平均河床勾配0.61%)、ダムなどを設けることができず(支流にはある)「日本最後の清流」と呼ばれるようになっている。

この「四万十川」には、相次ぐ台風などでの橋の流失を防ぐため「沈下橋(ちんかばし)」が本流に22本、支流も併せると47本も架けられている。
この橋は鉄筋コンクリート造り、水面から3~4m上に設けられ欄干はなく、激流にも耐えられる形をしている。

もちろん、他の県でも同様の対応はあり「流れ橋」や「潜り橋」「潜水橋」などと呼ばれているものもあるのだが、ここ四万十川の「沈下橋」は、高知県が「生活文化遺産」として後世に残す方針を決定している。

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「沈下橋」上から四万十川を
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「沈下橋」-車も通る。たまに落ちることもあるようだ。
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※時間の都合で、橋の全体像を写すことができなかった。ネットで検索していただければ多数みつかるはずなのでご興味のあるかたはそちらで・・。(汗)

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by iga1008 | 2014-07-12 22:35 | 建物・街並み | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 06日

四国の旅~道後温泉②~

愛媛県松山市にある「道後温泉」は、日本書紀にも登場するわが国最古の温泉である。

しかし、この温泉を有名にしたのは夏目漱石であるといっても良いであろう。
「坊ちゃん」に「ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ」と言わしめたここは、漱石が松山中学の英語教師として赴任した翌年、明治27年に現在の姿に改築された。漱石はここに足しげく通った模様である。

現在も地元の人たちはここを「坊ちゃん湯」と呼ぶそうである。
1994年に神の湯本館、又新殿(ゆうしんでん)・霊の湯棟、南棟、玄関棟の4棟が国の重要文化財に指定されている。

SONY α550 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8+MINOLTA AF 50mm F1.4
「道後温泉駅」と「坊ちゃん列車」
坊ちゃん列車は現在はディーゼル化されており、日中は運行されているが時間外はこのように駅前に停められて観光客に展示されている。
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「道後温泉本館」
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1階のいわゆる銭湯の部分は「神の湯」という。
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全景 手前側の部分が「又新殿(ゆうしんでん)」=日本で唯一の皇室専用浴場。
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夜の「道後温泉」。
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2階は「神の湯2階」と「霊の湯(たまのゆ)」があり、それぞれの広間が設けられている。3階は「神の湯」と「霊の湯」双方に入浴できる個室となつている。
なお、最上階は「振鷺閣(しんろかく)」という太鼓(刻太鼓)を鳴らす場所。朝6時の開館時および正午、午後6時に鳴らされる。(環境庁の日本の音風景百選に指定)
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末尾に少し気になったことを・・。
昼夜ともに撮影する人々が多い建物であるが、必ず邪魔になる数人が建物入口に陣取っている。
これは「人力車」の車夫の若者たちであり、なんともお邪魔虫以外の何物でもない。もう少し片隅に寄るとかしてもらわないことには、海外の観光客にもひんしゅくをかうことは間違いのないことであろう。

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by iga1008 | 2014-07-06 15:57 | 建物・街並み | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 05日

四国の旅~道後温泉①~

四国の旅は前回の「かずら橋」(徳島県)に続いて、愛媛県松山市の「道後温泉」へ。

松山市は、漱石の「坊ちゃん」がメインの宣伝材料となっているようで、ここ「道後温泉」にある「からくり時計」もそのテーマに基づいているようだ。

今回初めて持参したコンデジ、OLYMPUS STYLUS XZ-2 で手持ち動画撮影してみた。
やはり観光客の人気のスポットのようで、三脚は難しかったので、片側からの撮影のみでお見苦しい点はご容赦を・・。

OLYMPUS STYLUS XZ-2



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by iga1008 | 2014-07-05 18:51 | 建物・街並み | Trackback | Comments(2)