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2014年 10月 26日

竹田城跡を訪ねて~兵庫県朝来市和田山町~

以前にネット上で「竹田城跡の写真」(地元の写真家である、吉田利栄氏の作品)を拝見してから、行ってみたいと思いつついたのだが、その後にマスコミにこの城の名前が氾濫し始めたのにはいささか驚き、残念な思いがしていた。
どれだけ多数が押し寄せるであろうかとの思いである。

世界各地の、いわゆる「秘境」と呼ばれるところにまで観光客の押し寄せるようになった現代である。この流れは止めようもなく、北極・南極の極地ですら対象になっている。

ここ「竹田城跡」も、年々の観光客の増加に市(朝来市)は喜んでいるだろう。
「日本のマチュピチュ」などと呼ばれた上に、最近では「恋人の聖地」などともうたいだしている。困ったものはお役所と営利企業の売らんかな精神である。まあ、国自体も"株式会社日本"なのだから致し方のないところであろう。

と、愚痴はさておき、その観光客の仲間である私も「竹田城跡」初訪問。
2014.9.10 時間は15:00~16:00なので、観光客多し・「雲海」もちろん無しの、撮影にはまるで向かない日であった。(言い訳?)

ついでに書き加えると、竹田城跡と雲海のショットを狙うなら、竹田駅をはさんで反対側にある「立雲峡」展望台からがベストということである。ここからなら、遺跡も毀損せずに眺められるので、最良の選択であろう。時間はもちろん午前中、それも朝のうちとなるので、天候に留意しながら訪れて欲しい。

SONY α57 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
ふもとから見上げた「竹田城跡」
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300円の観覧料を払って、いざ城跡へ
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城跡上からの眺望はよい。以前はこのベンチに腰掛けたり、もっと前へ進んで城郭の石垣を見下ろすことができたそうであるが、昨年の観光客の落下事故以来、いたるところにロープがめぐらされるようになって、今はこのベンチへすら行けない。
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ロープで区切られた道以外は行けない。ところにより、荒れた地面にはゴム状のシートが置いてある。
撮影スポットと言われる一番高い「天守跡」(修理中)へも行けず、「穴太(あのう)積み」と呼ばれる石垣を撮るほかになかった。修復箇所が多いのは、やはり予想外の観光客の訪れに起因しているのかも?
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かなり編集したものを最後に一枚。
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※「穴太(あのう)積み」=竹田城の石垣は、安土城や姫路城と同じ「穴太積み」で築かれています。穴太積みとは、大津市阪本町穴太に住む「穴太衆(あのうしゅう)」という人々が持つ石積み技法をいいます。<リーフレットより>

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by iga1008 | 2014-10-26 20:55 | 建物・街並み
2014年 10月 20日

出雲大社

高円宮典子様の婚礼が行われるひと月ほど前の9月11日に「出雲大社」を訪れた。

かねてから大注連縄(しめなわ)を見てみたいものだと思っていたのが主目的という、まさに物見遊山の旅である。

現皇室の祖神である「天照大神(あまてらすおおみかみ)」へ国を譲って、この出雲の国に社を建てさせたという「大国主命(おおくにぬしのみこと)」の言い伝えも、古いことなので今回は書かない。
ましてや、"法隆寺の聖徳太子怨霊封じ説"と"出雲大社の大国主命怨霊封じ説"の関連性などについてや、"四からみの建築構造や四拍手の疑念"も今回は無視して、ただ見物した次第である。(笑)

出雲大社(いずもおおやしろ/通称:いずもたいしゃ)☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

縁結びの神・福の神として名高い『出雲大社』は、日本最古の歴史書といわれる「古事記」にその創建が記されているほどの古社で、明治時代初期まで杵築大社と呼ばれていました。
主祭神は大国様として馴染みの深い『大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)』で、「古事記」に記される国譲り神話には、大国主大神が高天原の天照大神(あまてらすおおみかみ)に国を譲り、その時に造営された天日隅宮(あまのひすみのみや)が出雲大社の始まりといわれています。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(出雲観光協会HPより)

SONY α57 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
出雲大社の境内図
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出雲大社入り口となる「勢溜(せいだまり)」(第二鳥居)
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ここから後ろを振り返ると、第一鳥居が見える。鉄筋コンクリート製で高さ23mもあるとのこと。
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第二鳥居を入って松の参道を進むと「第三鳥居」があるが、そこは割愛して「銅鳥居(第四鳥居)」まで進む。この先はすぐに拝殿となる。
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「拝殿」
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拝殿の大注連縄
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拝殿の右手を進むと「本殿」が見え始める。
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本殿の入り口「八足門」。ここから先は通常期間は入ることができない。
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左手に進むと「神楽殿」への入り口(西門)となる
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「神楽殿」ここが噂の大注連縄で知られるわりと新しい建物である。
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長さ13メートル、重さ5トンといわれる「大注連縄」
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以上、駆け足で回ってみた。

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by iga1008 | 2014-10-20 22:23 | 寺社
2014年 10月 14日

甲斐の猿橋

日本の三奇橋のひとつとされる「甲斐の猿橋(さるはし)」(山梨県大月市猿橋町)に立ち寄った。

木造の「刎橋(はねばし)」とよばれる珍しい構造で、現存するものはここだけとのこと。
桂川に架かる橋であるが、橋脚を立てるには谷が深すぎるため、谷の両側から刎木(はねぎ)を谷の中央に向けて四層重ねることによって架けられている。

江戸時代には甲州街道として主要路であり、橋や谷の景観が広重の「甲陽猿橋図」にも画かれている。昭和に入って、国の名勝となった。
橋そのものは、起源が奈良時代まで遡るようであるが詳細は分からない。

現在は猿橋公園とされており、通常の通行はすぐ側に新たに架けられた「新猿橋」となる。

SONY α57 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
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橋上から見た桂川
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手前に見える橋は「八ツ沢発電所一号水路橋」(平成9年・文化財登録)
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by iga1008 | 2014-10-14 18:32 | 建物・街並み
2014年 10月 12日

大正池を撮る~上高地(その2)~

さて、上高地の2日目である。
朝4:30にホテルを出発、大正池を目指してまだ暗い道を懐中電灯をたよりに進む。

SONY α57 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
途中で少し明るくなり始めた梓川と背後の山々を撮影してみた。明神岳(2,931m)とその左に頂に雲をかぶった前穂高岳(3,090m)が見える。5:03撮影
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もう少し撮り続けたい箇所もあったが、肝心の大正池が気になるので先を急ぐことにした。
この先へ進むと「田代池」であるが、後回し。
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焼岳(2,444m)がこんなに近くに見える。もう大正池も近い。
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木道を進む
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5:53 大正池に到着。すでに数人が三脚持参で撮影開始していた。
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右に穂高連峰が見える。右から順に、明神岳・前穂高岳・奥穂高岳(3,190m)・間ノ岳(2,907m)・西穂高岳(2,909m)となる。谷あいのひときわ白い雪が残る一帯を「岳沢(だけさわ)」といい、河童橋からの眺めでもひときわ目立つポイントである。
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思いのほか朝靄がでていないと思っていたら、すぐに風景が変わる。6:20撮影
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その後も梓川上流域から断続的に靄が発生していた。
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撮影ポイントもこんな具合。
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だが、太陽が顔を出し始めると、池の色が変わる。
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この後、晴れたり曇ったりが続いた。
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10:00頃になると、観光客も多くなる。貸ボートも登場。
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白樺がいい。
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ここで、大正池から引き上げることとして、もとの道をたどって「田代池」へ。
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「河童橋」から見る穂高連峰も今日は綺麗だ。
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というような「大正池撮影奮闘記」である。
なお、「大正池」にも水鳥はいる。こちらをどうぞ

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by iga1008 | 2014-10-12 18:14 | 風景
2014年 10月 10日

大正池を撮る~上高地~

8月の終わり頃に、憧れの大正池を撮ってみたいと上高地へ一泊2日の旅にでかけた。

紅葉の時季のほうが良かったのだろうが、私の性分として「思い立ったが吉日」がモットーなので致し方ない。評判の良い「五千尺ロッジ」に一泊。食事は噂通り美味かった。

「大正池」そのものは、私の希望としては雪の中で撮りたかったのだが、冬期間の交通は現在の私の事情では不可能に近いのである。また、上流からの土砂の堆積による浅瀬化や枯れ立木の本数も減りつつある現状を伝え聞いていたので、善は急げとなった。

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「大正池」=活火山である焼岳が1915年に噴火し、泥流によって梓川が堰き止められて形成された。池にある立ち枯れの木々の景観は、1928年に「上高地」が史蹟名勝天然紀念物保存法による「名勝及ビ天然紀念物」に指定される際の理由の一つとなった。(Wikipediaより)
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SONY α57 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
松本市から電車とバスを乗り継いて到着したのはすでに午後1時過ぎ。すぐに「大正池」へ。
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少し待って太陽が顔を出すと、エメラルドグリーンに変わる。スローシャッターで。
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30分もするとこんどは雨。かなり強くなったので退散。
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「河童橋」
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橋の上から「梓川」上流方向を。
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下流方向。大正池へそそぐ
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一時間ほどでまた太陽が顔を出すと、色合いが変わる
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やはり高地なので天候の移り変わりが早い。晴れ・曇り・雨が交互にやつてくる。
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今回の旅は、「朝もやの大正池」が目的である。明日は日の開ける前にでかけることとなる。

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by iga1008 | 2014-10-10 19:13 | 風景
2014年 10月 08日

皆既月食~タイムラプス試し撮り

今日の皆既月食は千葉でもたいへんよく観察できた。
外で夕飯を食べていたが、満月が欠けはじめたので急ぎ帰宅、初めての皆既月食撮影にチャレンジした。

α57のムービー撮影を試みることとしたが、素人の悲しさで月の移動を計算に入れていないので三脚で固定は難しいことが分かった。すぐにカメラのフレームから外れるのである。

半分以上欠けた状態で始めて、22分で完全に隠れるまでなんと4~5回もカメラを動かさなければならず、これではムービーとしては観るに耐えないと思い当たった。
私と同様に観察していた皆が帰ったのを機に、再び月が現れるまでは辛抱できず帰宅となった。

仕方なく、ムービーはゴミ箱へ・・・、と思ったが、なんともくやしいのでムービーから1分おきにスナップショットを作成してタイムラプスに挑戦の仕儀となった。

22分かけた21枚のスナップから作成した画像は0.5秒でディレイを設定しても11秒にしかならない。(涙)

SONY α57 / MINOLTA AF ZOOM 100-300mm F4.5-5.6 APO



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by iga1008 | 2014-10-08 22:49 | カメラ
2014年 10月 07日

古寺探訪~奈良篇⑨~「法起寺」

奈良の古寺探訪も今回で最後となる。

 「法隆寺」(西院)は世界最古の仏教建築であるが、世界遺産として我が国第一号に認定されたのは『法隆寺地域の仏教建造物』となっており、「法隆寺」の建造物47棟と「法起寺」の三重塔を加えた48棟が含まれる。

 「法起寺」を訪れるために、法隆寺から中宮寺を経て野路をたどった。
途中、地元の人たちに道順を聞きつつ進んだのだが、"ほうきじ"と言うと「ああ、"ほっきじ" ね?」と言い直された。
この寺は、以前は「法起寺(ほっきじ)」と読まれていたが、世界遺産に登録されるにあたり「法起寺(ほうきじ)」の読みを正式名とすることとなったとのこと。
 地元の人たちはいまでも昔の呼び名で言うほうが多いようだ。

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「法起寺(ほうきじ)」(聖徳宗)
 法起寺は奈良県生駒郡斑鳩町大字岡本にあり、岡本尼寺・岡本寺・池後寺(いけじりでら)・池後尼寺と呼ばれている。
 この寺は、推古14年(606)に聖徳太子が法華経を講説されたという岡本宮(おかもとのみや)を寺に改めたものと伝え、法隆寺・四天王寺・中宮寺などと共に、太子御建立七ヵ寺の一つにかぞえられている。 (「法起寺」リーフレットより)

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SONY α57 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
「南大門」ー江戸時代初期の再建。四脚門
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「西門」ーここが入り口となる
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「聖天堂」ー文久3年(1863)の建立
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「講堂」ー元禄7年(1694)に再建
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「三重塔」(国宝)ー慶雲3年(706)に建立されたとする日本最古の三重塔。
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この寺の創建はリーフレットにも明示されていない。しかし、『聖徳太子伝私記』に当時の三重塔にあった露盤銘が記録されており、それによると推古30年(622)に太子がその薨去に臨み、長子の山背大兄王に宮殿(岡本宮)を改めて「寺」とすることを遺命したとあり、さらには舒明10年(638)に福亮僧正が太子のために弥勒像一体と金堂を造立したとあるので、少なくともこのときには岡本寺(法起寺の前身)はあったのではないかとうかがえる記述となっている。その後「三重塔」は慶雲3年(706)に建立されたとされる。

 その後の時代の流れのなかで寺は衰退し、江戸時代の初め頃には「三重塔」のみを残すのみであったという。その荒廃を憂いて当寺の再興を発願した寺僧の真政圓忍(しんせいえんにん)とその弟子たちにより、現在の寺観が整えられるに至っている。
 この衰退の主因は、法隆寺西院に加えられた新たな太子霊堂と称される「夢殿」を中心とした法隆寺東院の建立にあると思うのは私見であるがどうであろうか?
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by iga1008 | 2014-10-07 15:24 | 寺社
2014年 10月 03日

古寺探訪~奈良篇⑧~「法隆寺」(雑記)

最後に「法隆寺」雑記を加えたい。

「法隆寺」には「七不思議伝説」がある。

 ①法隆寺にはクモが巣をかけない
 ②南大門の前に鯛石とよばれる大きな石がある
 ③五重塔の上に鎌がささっている
 ④不思議な伏蔵がある
 ⑤法隆寺の蛙には片目がない
 ⑥夢殿の礼盤(僧侶の坐る台)の下に汗をかいている
 ⑦雨だれが穴をあけるべき地面に穴があかない

というのだそうな。これはずいぶん古くからあるそうで、一説には江戸時代からとのことである。

このうち、拝観時にわれわれの目にみえるものだけ撮影してみた。

SONY α57 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
「南大門」の前の「鯛石」
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「五重塔」相輪に鎌がささっている。(赤丸の部分)
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まあ、いまではそれぞれにそれらしい解釈がされているようであるから詳しく書かないが、ただ私がなんとも不思議だと思ったのは別にあって、金堂と五重塔の前にある「礼拝石」というものである。
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なんでも、僧侶たちが礼拝するのにこの場所からとする位置であるという。
「怨霊封じ」という「中門」の位置づけを考えると、これ以上近付くと危険という場所だったのではないか?と思ってしまう。

あと、これは他寺の裳階(もこし)構造の建物にもみられるので、怨霊説とは関係がないが、五重塔1階部分の「隅鬼」(「邪鬼」(あまのじゃく)ともいう)を撮ってみた。これは東西南北に各1体ある。
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おなじ「五重塔」最上層にある彫刻支柱も一風変わっていて面白い。
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以上で「法隆寺」から退散するとしよう。

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by iga1008 | 2014-10-03 17:52 | 寺社
2014年 10月 01日

古寺探訪~奈良篇⑧~「法隆寺」(3)

前回の「西院伽藍」につづいて、今日は「東院伽藍」を・・・。

この東院はあらたに奈良時代になってから、かって聖徳太子が住んでいたといわれる斑鳩宮の跡地に建てられたものである。
その中心は「夢殿」であり、聖徳太子の慰霊堂とされている。

ご参考までに法隆寺境内案内図をリーフレットからスキヤナで読み込み貼り付けしてみた。
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SONY α57 / TAMRON SP AF17-50mm F/2.8
東大門(奈良時代)国宝
 大宝蔵院を出て夢殿へ向かう途中に建っているこの門は、珍しい三棟造りという奈良時代を代表する建物の一つです。
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四脚門(鎌倉時代)重要文化財
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夢殿(奈良時代)国宝
西暦 601年に造営された斑鳩宮跡に、行信僧都という高僧が、聖徳太子の遺徳をしのんで、天平11年(739)に建てた伽藍を上宮王院といいます。その中心となる建物がこの夢殿です。八角円堂の中央の厨子には、聖徳太子等身の秘仏「救世(くせ)観音像[飛鳥時代]」を安置し、その周囲には聖観音菩薩像[平安時代]、聖徳太子の孝養像[鎌倉時代]、乾漆の行信僧都像[奈良時代]、平安時代に夢殿の修理をされた道詮律師の塑像[平安時代]なども安置しています。この夢殿は中門を改造した礼堂[鎌倉時代]と廻廊に囲まれ、まさに観音の化身と伝える聖徳太子を供養するための殿堂としてふさわしい神秘的な雰囲気を漂わせています。
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 この夢殿の中心となる仏像「救世観音像」は"秘仏"とされ、施錠された厨子の奥深く木綿布で幾重にも巻かれたまま保存されていたが、明治17年になり明治政府の公認のもと岡倉天心とアメリカの哲学者・フェノロサにより日の目をみたものという。その際にも、寺の僧侶たちは「祟りがある」と云い頑なに開錠を拒んだとあり、強引にフェノロサにより鍵を開けられたときはその場より逃げてしまったそうである。
 この木彫りの仏像は、発見者フェノロサによってモナ・リザに比せられた。口元に不思議な微笑みを浮かべていたからである。

ここまで説明するとどうしても画像を載せなければならないのだが、今回の法隆寺の記事で多大に参考・引用させてもらっている「隠された十字架~法隆寺論」(梅原猛・著)の口絵を借用させてもらうこととした。
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 ((だが、なぜ秘仏とされ、幾重にも木綿布で巻かれて鍵を掛けた厨子の奥へ隠されなければならなかったのかは謎のままである。詩人でもあり彫刻家でもある高村光太郎は「この仏の全体のスタイルは人のいふ通り北魏の様式を忠実に踏襲してゐて、釣合といひ衣紋のひだといひその左右斉整といひ、殆ど公式に従った抽象的形態を持ってゐるのであるが、首がまるで違ふ。顔面となると、ガンタラ系統の様式がどこにもなく、ただアーカイックな、ナイーブな人面がそこにある。」(『高村光太郎選集6』)と批評しているようで、この顔の部分は聖徳太子であるとの意見は定説化している。そして、この仏像をこしらえた仏師については「この仏師造り畢(おわ)りて、久しからずして死に畢る。その所以を知らざるの者なり」(『聖徳太子伝私記』法隆寺僧・顕真著)と記録があるそうで、いよいよ謎めいている。))
東院鐘楼(鎌倉時代)国宝
 この鐘楼は袴腰(はかまごし)と呼ばれる形式の建物で、内部には「中宮寺」と陰刻された奈良時代の梵鐘が吊るされています。
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by iga1008 | 2014-10-01 19:18 | 寺社